新型コロナ発生にともない、テレワーク制度や在宅勤務制度を、急ごしらえで導入したため、様々な点で「どうしたらいいのだろう?」という現場の混乱が起こっていることをしばしば伺います。改めて論点を整理しましょう。
労働時間の管理の問題
労働時間が把握しにくくなった問題
在宅で仕事をしていると、各従業員の労働時間を把握しにくくなりました。「みなし労働時間制」などを入れて管理してもよいのでしょうか?
労働時間の管理の原則
原則は、会社に出勤している場合も自宅などリモートで勤務している場合でも、労働時間を把握することが原則になります。
実務をする上で、随時カメラで監視したり、定期連絡を求めることが難しい場合は、労働時間を算定することが難しい場合は「みなし労働時間制」か「専門型裁量労働制」を導入することになります。
「みなし労働時間制」を導入する
「みなし労働時間制」は、労働時間が把握できない場合、所定労働時間労働したものとみなす制度です。
ただし、なんでもOKという訳ではありません。在宅勤務の場合は以下の条件を満たした場合、労働基準法38条2の事業場外みなし労働時間制が適用されるようになります。
1.当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること
2.当該情報通信機器が、常時通信可能な状態におくことと”されていない”こと
3.当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと
イメージとして、携帯電話もポケベルない時代に、外出の営業マンと連絡が取れず具体的に指示ができない時代背景を想定した制度です。現代のように携帯電話でいつでも連絡が取れるという場合は「みなし労働時間制」は導入しにくい制度です。
「専門型裁量労働制」を導入する
仕事の内容を「従業員の裁量に任せる」ことができる場合は、「専門型裁量労働制」を導入していくことを考えます。
専門型裁量労働制は、労使協定で、あらかじめ定めた時間を労働したものとみなしますので、労使協定で「8時間とみなす」と決めた場合は、稼働時間が10時間であっても8時間とみなされます。なので、残業という概念は発生しません。
「専門型裁量労働制」は魔法の手段という訳ではなく、いくつかの制約事項があります。
- 対象となる職種が限定されています。
なので、すべての職種(つまり、リモートワーク中の全員)に導入することはできません。 - 8時間とみなされますが、4時間で仕事が終わったとしても8時間働いたということになりますので、早く終わったからといって、早退にすることはできません。
- 深夜時間帯は残業ではありません。深夜22時から翌朝5時までに稼働した場合は、深夜料金(深夜割増)を支払うことになりますので、勤怠管理は必要です。
「始業・終業の時刻」「急な来客/家族の帰宅」問題
在宅勤務をしている者から「家族が寝ている始業時刻前の時間に仕事をしたい。1日8時間を超えないから問題ないでしょ?」と言われることがありますが、認めて良いのでしょうか?
分かります。急に宅配業者が来たり、家族が返ってきますもんね。。
会社は「始業時刻・終業時刻を指定する権限」を持っている
通勤していた場合は、始業時刻(8時半など)に業務を開始していましたが、在宅の場合「早朝からの方が業務がはかどる」「子供を寝かしつけてからが良い」など、生産性の高い時間帯に業務をしたいというリクエストがあると思います。
勤務場所に関わらず、始業/終業の時刻は、雇用契約書・就業規則で定めた時刻から開始/終了させることが原則になります。なので、在宅勤務であっても会社が「9時から18時まで稼働して欲しい」と言った場合は、いかなる理由があっても、指示された時間に働かなければなりません。
「自主的フレックスタイム制」は認めて良いのか?
ただし、「フレックスタイム制」を利用するか、就業規則に「始業と終業の時刻を繰り上げ/繰り下げすることがある」となっている場合は、指揮命令権者の上司の許可を得て、始業終業の時刻を変更するのが正しいやりかたになります。
会社にフレックスタイム制が導入されておらず、始業と終業の時刻の繰り上げ・繰り下げが認められていなければ、従業員は好きな時間に始業・終業する、「いわゆる自主的フレックス勤務」は認められません。自宅であっても定時の始業時刻・終業時刻で働かなければなりません。
休憩時間は何をしても自由。でも、従業員であることは忘れない
休憩時間中の問題もあります。休憩時間中は自由利用の原則がありますので、何をしても構いません。昼寝をしても、近所のスーパーに買い物に行っても、NHKの連続テレビ小説(再放送)も見ていても構いません。
ただし、休憩時間中であっても、従業員であることは変わりありません。在宅勤務で私服で仕事をしているからといって、周囲に自社の社員と知られた場合、不名誉となるような言動は慎みましょう。
「やっていいこと/NGのこと」の基準は各社異なります。就業規則にある「服務規程」の章を確認してください。
仕事中断の時間は無給
休憩ではない時間であっても自宅にいると、子供が帰宅したり、宅配業者などの来客があるかもしれません。在宅勤務時間中に中は業務の途中の中断時間は、指揮命令権に服していませんので労働時間にはなりません。
また、上司が見ていないからと言って、極端に小休止が多いことも服務命令違反になります。在宅であっても就業規則で指定された休憩時間に休憩し、残りの時間は職務に専念することが、従業員としての当然の義務になります。
ただし、数分の中断全てを管理することは現実的ではありませんので、実務では従業員の性善説に任せるか、PC操作ログを抜き打ちでチェックするといった方法で対応していくことになります。
「近所のカフェで作業」問題
「自宅では集中できないので、近所のコーヒーショップやシェアオフィスで仕事をしたい!」という申し出は認めるべきなのでしょうか?
「仕事の場所を指定する権限」も会社は持っている
レンタルオフィスや喫茶店などで勤務を認めるか否かや、事務所への出勤の要否も、雇用契約や就業規則にもとづき、会社として自由に命じることができます。
そのため「リモートワークは自宅に限り認める」と就業規程に定めても構いませんし、雇用契約「月曜日は事務所に出勤すること」と命じることも可能です。
そもそも、感染抑止がリモートワークの趣旨ですので、「どこでも仕事をして良い」ということではないことは、従業員に周知しておきましょう。ちなみに、会社が従業員に出勤を命じる場合は、感染防止の配慮が必要になります。
「通勤定期代」の問題
毎日出社しないので定期代を廃止し、出勤の都度の実費精算にしようとしています。面倒なので、顧客訪問時の交通費と纏めて精算しても構わないでしょうか?という質問も多くいただきます。
「就業規則では、どのように書いているか?」が重要
通勤交通費を定期代で支給していたが、定期券の支給を廃止して実費支給精算としようとする場合、まずは、就業規程(もしくは賃金規程)を確認し、どういった条件で定期券を支給しているのかを確認しましょう。
「通勤定期券を支給する」とのみ書かれている場合は、勤務実績に関わらず通勤定期券を支給することを約束しているので、就業規程の変更から行うのが原則です。
「定期券を出す人、出さない人」の線引きは明確に
定期券を廃止する場合、運用の手間と人件費も考慮しましょう。「週に3日以上出勤する見込みのあるものは定期券、そうでない者は実費支給」というやりかたよりも、「一律実費」「管理部門は定期券。それ以外は実費」など、管理が簡便な区分で整理することが望ましいです。
「業務交通費」と「通勤交通費」の2つがあることを知っておく
交通系のICカードで「通勤の費用(通勤交通費)」と「業務時間中の交通費(業務交通費)」をまとめて管理するとことはできません。
通勤交通費は社会保険料の計算に含めますので、通勤交通費と業務交通費は別で管理しなければなりません。なお、定期券を廃止した場合は、随時改定の確認も必要です。
リモートワーク手当を入れると「時間単価」が上がる
通勤交通費を廃止して「リモートワーク手当」を導入した場合は、前述の社会保険料のアップだけでなく、新たな手当ですので、残業代などの計算の基礎となる「時間単価」の再計算も必要になります。
新規に手当を追加することになり、時間単価がアップしますので、残業代を計算するときの残業単価の変更が必要になります。
「36協定」の単位(事業場)の問題
36協定を締結する場合、それぞれの自宅を事業場として管理するのでしょうか?また、支社の36協定は在宅勤務者の人数も含めてカウントするのでしょうか?
個人宅は事業場ではない。でも、サテライトオフィスは微妙
36協定は事業場単位で労使協定の締結が必要ですが、個人宅ごとに36協定を始めとする労使協定を締結する必要はありません。
事業場とは
一の事業であるか否かは主として場所的概念によって決定すべきもので、(中略)場所的に分散しているものは原則として別個の事業とすること。
しかし、場所的に分散しているものであっても、出張所、支所等で、規模が著しく小さく、組織的関連ないし事務能力等を勘案して一の事業という程度の独立性がないものは、直近上位の機構と一括して一の事業として取り扱う
となっています。
社員数人が集まってマンション程度の規模のサテライトオフィスで、仕事をしている程度では問題にはなりません。
しかし、①総務担当も常駐している、②課員が全員集合しているなど、あたかも一つの支社のような形態になり始めた場合は、一つの拠点として見られる可能性が高まります。
具体的な線引きは個別の事情毎に判断していくものですが、集まりすぎる場合、そもそもの「感染防止のため」という目的を見失いますので、注意が必要です。
まとめ
このように、リモートワーク一つを考えても、勤怠管理~給与計算~社会保険の計算へ影響しますし、雇用契約の内容・就業規則の整備などまで視野に入れなければなりません。
従業員の安全配慮と職場の調和のバランス
発生しないに越したことはありませんが、万が一、社員と在宅勤務についてトラブルが起きた場合、会社はどこまで強制力を行使できるのか?も見ておく必要があります。
さらには、「管理部は在宅勤務だが、生産現場は出勤」という場合の、工場に従事するスタッフの安全配慮や、「気楽でいいね。。管理部門は、、」というような工場メンバーの不満解消についても想いをめぐらせて、はじめてきちんと労務管理ができたと言えます。
社会保険労務士法人アイプラスでは「法律でどうなっているのか?」や「手当の世間相場」だけを提案するのではなく、「お客様にとって、どういった着地点がベストなのか?」を共に考え、具体的なアクションレベルで提言することを大切にしています。
ポストコロナの時代では正解の無い問いに応えていくことが必要になりますので、労務管理においては、社会保険労務士法人アイプラスの労働相談サービスをご活用ください。
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