移行方法の検討
立派な賃金制度を整備しても、現場に理解され、使いこなしてくれないと意味がありません。整備した賃金制度を運用するための準備をしていきます。
移行方法を検討します
賃金には、労働の対価の支払いという側面の他に生活保障の側面もあります。新しい賃金制度を整備すると賃金が上がる人がいる一方で、賃金が減ってしまう人もいます。
急激な賃金ダウンは従業員の生活を不安定にさせてしまうだけでなく、不利益変更に該当する可能性が高くなります。そのため、一般的には激変緩和措置として「調整給」を支給し、一定期間は制度変更前の金額に準じた賃金を補償していきます。
しかし、調整給という名称で賃金を支給し続けると、総額人件費が高止まりするだけでなく、総額人件費のコントロールが難しくなります。「賃金テーブルが完成したら、おしまい。」ではなく、どのように移行させ着地させていくのかを考えていきます。
- 調整給の支給金額、はどの程度とするか?
- 調整給を支給する期間は、どの程度とするか?
- 調整給は、どのように支給していくのか?
⇒期間がくれば全額削減するのか、調整給は毎年一定額ずつ減額していくのか?
などを検討していきます。

賃金制度改定による激変緩和措置は必ず必要になります。そのため、賃金制度改定の際には、一時的に総額人件費は上昇する傾向があることも忘れないようにしましょう。
ポイント:移行のスケジュールの作成
賃金制度を移行するタイミングも検討が必要です。システム開発などと異なり、給与改定は年度の途中で唐突に切り替えるのは得策ではありません。昇進昇格や組織変更のある年度初め(期首)や、下期開始の時などキリの良いタイミングを狙います。
また、新しい賃金制度に変更したら、就業規則や賃金規程の変更も発生します。就業規則や賃金規程の改定を行い、労働基準監督署に提出することも漏らしてはなりません。
賃金規程の更新・人事制度の説明資料の準備

従業員向けに人事制度の説明資料やハンドブックを作成します
冒頭に示したとおり、立派な賃金制度を整備しても、現場に理解され、使いこなしてくれないと意味がありません。
普段は担当する職務に専念している従業員にとって、賃金制度は敷居の高いものであり、賃金規程だけを更新しても、現場の従業員の皆さんが理解することは難しいでしょう。現場の従業員の皆さんに向けた、制度改定の趣旨やm新しい賃金制度のポイントが簡単にわかる「説明資料」や「ハンドブック」を用意します。
作成していく資料は、時間と余力にもよりますが、
- 説明会時の配布資料
- 各自が日常の業務の合間に確認できる冊子
を作成されるのが望ましいでしょう。
1回の説明で、従業員に理解されることは現実的にはありえません。ポータルサイトの公開や、定期的なメルマガの発行なども、新しい賃金制度の趣旨やルールの理解浸透のために有効なツールになります。
ポイント:就業規則・賃金規程
就業規則・賃金規程の変更も疎かにしてはなりません。就業規則や賃金規程で書かれていることは労働条件になり、規程をもとに給与計算業務が行われますので、正しく内容を反映するようにしましょう。
賃金制度改訂は、新しい賃金制度が、毎月の給与計算に反映されてようやく完成と言えます。給与計算システムの修正、社会保険手続きの準備もしておきます。特に給与計算は並行計算と呼ぶ、新しい賃金制度での給与計算の予行演習が必要になります。
並行計算は、現行の給与計算を行いながら実施することになります。そのため、データの設定日・仮計算の結果の検証日など、出来れば1日単位での給与計算の移行に向けたスケジュールを組んでいきましょう。

当たり前ですが、賃金制度は給与計算ができて初めて意味をなします。「論理的には正しいが、給与計算が回せない。」という賃金制度は意味がありません。
労使交渉(組合との調整)・役員会での説明

労働組合との合意形成
労働組合に対しては制度の趣旨の説明や、制度変更に伴いマイナスの影響(いわゆる不利益変更)を受ける者に対する支援策や、相談窓口の設置や労働協約の手結など組合の協力を仰ぐ事項について理解を得るように、賃金制度設計の検討の途中から早めにコミュニケーションを取っていきます。
労働法に明るくない場合、「組合がダメと言ってくるものは、本当にダメなのか?」、「どこまでが法令違反になるのか?」労働組合との交渉を進めるうえで不安なことは、たくさん出てきます。
また、会社側の不用意な一言で、労使交渉が不利になってしまう場合もあります。労使交渉の進め方、組合への話の伝え方、法律の知識などを十分に下準備をしてから労使交渉に臨みましょう。
社会保険労務士などの専門家に、労使交渉に必要な知識等をレクチャーしてもらうなど、側面から支援してもらうのも1つの選択肢です。
経営層との合意形成
経営層に対しても、丁寧なコミュニケーションを行っていきましょう。経営層には総額人件費の変化や、移行の際に調整給(賃金が下がる者に対する、いわゆる激変緩和措置)に必要な予算について了解を取り付けていきます。

賃金制度が完成してから「何か違う」と手戻りになってしまうと、目も当てられません。制度の検討を着手したら、早いタイミングから関係者に対して検討状況を共有していきましょう。
制度改定の説明会(従業員向け)

制度改定の説明会の開催をする
人は急な変更や、経緯のわからない変化に対して抵抗感を覚えます。なぜ賃金制度を変更するのか理由を説明し、合意形成を行っていきます。労働組合や従業員代表と協力して、直接従業員に説明し従業員の疑問を解消していくことも忘れてはいけないポイントです。
※制度を検討する際に、現場の意見を聴収していくことも可能です。
社員向けの説明会は早めに準備をする
社員向けの説明会も順序が必要です。賃金制度の改定は、当事者にとって将来の生活設計にも影響しますので不安を解消するようにします。
具体的には、賃金制度の検討期間中は検討で決まったことを少しずつ発信し制度の方向性の理解を促します。賃金制度の詳細が決まったら説明会を開催し、説明会の後に個別面談で一人ひとりの新しい賃金額を伝え、労働条件の変更の合意書を取り交わします。
全国に拠点のある企業の場合は、全体への説明会のために人事部が全国を巡業する日程調整や、説明会参加者のスケジュール調整もありますので、早めに準備に着手しておくのが望ましいです。
フェアプロセスの原則
労働組合がある場合は、労働組合だけに説明をするというやり方もありますが、賃金制度が変わるということは、従業員にとってインパクトの大きい出来事です。「組合の代表者に言ったから、あとは知らない」ではなく、一人ひとりの従業員の不安を解消し、誤解が独り歩きしないよう、繰り返し従業員に伝えていくことが大切です。

新人事制度の説明はオンラインや動画でも説明することはできます。しかし、説明会の目的は現場に理解されることです。
細かいニュアンスや現場の温度感を理解する意味でも、出来るだけ対面でのコミュニケーションは実施していきましょう。
まとめ:制度移行のポイント
ポイント(1)法律に詳しい人の力を借りる
賃金制度の改訂とは、限られた人件費の原資の配分ルールを変更することです。賃金が上がる人もいれば、下がる人もいます。減額となる場合は、話の進め方を誤ると不利益変更となりかねません。また、賃金規程の改訂など労働基準法に影響する作業も発生します。
「法律は良くわからないので、そのまま。」とする訳にもいきません。どのようなことが法令違反となり、法令違反とならないためには、どのように移行を進めれば良いのか?は、社会保険労務士などの法律の専門家に確認しつつ検討を進めていきましょう。
ポイント(2)関係者の合意形成を疎かにしない
2点目のポイントは、関係者への合意形成となります。
誰しも、分からないことには抵抗感を示すことは当然ですし、ましてや、自分の生活に関わる内容です。本人にとってどんな有利な改定であっても、十分な説明が無い場合は不信感と反発を受けてしまい改訂の効果がマイナスになってしまいます。
特に社員とのコミュニケーションは、賃金改定の検討に着手した頃からコミュニケーション計画を立て、時間をかけて賃金制度改定の理解と啓発を進めていきましょう。
また、見落としがちですが給与計算システムの設定は、限られた給与計算担当者の担当者が、現在の給与計算を回しながら、並行して新しい賃金制度の情報を設定し、正しく計算されるか検証することになります。
毎月の給与計算が落ち着いたタイミングでシステムを設定しなければなりませんし、給与計算担当者の業務負荷が高い年末調整や、年度更新といった給与計算の繁忙期も避ける必要もあります。
特に給与計算業務をアウトソーシングしている場合は、急な設定変更を受け付けてくれない、特急料金が必要になる等もありますので、アウトソーサーに対しても早めにコミュニケーションを取っておくことが重要になります。

どんなに良い制度を整備したとしても、説明は不足しているの場合「何か裏があるのではないか?」とあらぬ疑義を持たれかねません。コミュニケーションとは「言った」ではなく「伝わった」です。出来る限りきめ細かくコミュニケーションを取りましょう。
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