賃金制度のありかたは、企業の状況によっても形を変えてきます。
企業の状態ごとの賃金制度の例をご紹介します。もちろん同じ状況であったとしても、企業ごとの考え方によって賃金制度の形は異なります。あくまでも参考情報としてください。

中途入社が多く、ベテランに十分に報えていない

「勤続年数=年齢」ではない。「時間の積み重ね=仕事が出来る」でもない。

「勤続15年、37歳の従業員 vs 勤続3年、58歳の従業員」

「ベテランに十分報いたい」という話をよく聞きます。しかし、「ベテラン」とは、勤続年数の長い者、年齢が高い者、技術を有している者を指すのか曖昧なことがあります。勤続年数の高い者に報いたい場合は、勤続年数に応じて昇給する「勤続給」を導入し、年長者を優遇する場合は「年齢給」を導入します、保有する技術や職務遂行能力に対して報いる場合は、「資格手当」や「職能給(職能資格給)」を軸に賃金を設計していきます。

いずれも良し悪しがあります。仮に「勤続15年、37歳の従業員」と「勤続3年、58歳の従業員」がいた場合を想像してみてください。年齢を優先した場合は、高校卒業後から長く勤めてもらっている中間層の不満が高まるでしょうし、勤続年数や職務遂行能力を優先した場合は、長幼の序を崩すことになるでしょう。

新卒採用・年功序列が成立している人員構成の時には、あまり問題にならない論点ですが、中途採用をする会社では、大きな論点ですし、どちらを優先するのか明確になっていないと、年長者の社員と勤続年数の長い中堅の社員から質問されたときに、答えられるよう基準を決めておきましょう。

上位役職者は成果に比べ給与が高すぎる/横断的な視点で処遇がしにくい

「上位役職者であること」が既得権益となっていないか?

「結果を出し・人望もある係長 vs 結果が出ず・評判も悪い部長」

「役職の高い人物の方が、給料が高くなければならない。」これは、本当にそうなのでしょうか。確かに、役職が高いと責任も大きく、それに応じた対価を支払われるのは当然です。  

しかし、報酬制度に、「低い役職でも、役職に応じた成果をきちんと出している者」と、「高い役職にも関わらず役職に見合った成果が出ていない者」の報酬差に問題があると、メンバーからの不満が出てきます。

このような場合は、「役職手当」の割合を減らすこと、「職能資格等級」と言われる格付けごとの賃金格差を縮小するなどして、高い役職にいることで支給される賃金を減らし、組織や個人の成果に紐づいたインセンティブや賞与を手厚くしていく方向になります。もちろん、早期の登用制度の導入や、降格制度も並行して導入していくことになります。

上位役職者の成果を横断的に評価しにくい(賃金制度の実装例)

地域ごとのエリア制を引いている企業、地域を統括する管理職(エリアマネジャーなど)に対する賃金制度では、個人や担当地域の過年度との業績の比較にもとづいて処遇することが一般的であり、エリアマネジャー同士の比較はなかなかしにくいものです。

幹部社員に対する賃金制度になりますので、保有能力や行動ではなく成果に対して賃金を支払う建付けになります。しかし、エリアごとに規模や成長性は異なりますので、売上高や利益の1指標だけでは公平性を担保できません。そのため、売上高、収益性、成長性の各項目で序列・得点をつけ、総得点で序列を確定させていく賃金制度を入れていきます。

規模が小さく店舗単位の処遇であれば、同じ店長であっても、みやげ物屋や弁当屋のような場合は、空港や新幹線駅の店舗と、地元の商店街の中にある店舗では、同じ店長でも責任の重さが異なり一律の店長手当では不満が出てきます。こういった場合は、店舗ごとに「縦軸(売上高)×横軸(難易度)」のマトリクス表を作り、それぞれのマス目ごとに店長手当の金額を設定し、それぞれの店舗を格付けしていくという方法も有用です。各店長の志向に応じた店舗をあてがうことになりますので、労使ともに納得感のある配置ができるようになります。

安心して働けない or ぬるま湯すぎる/社員のライフイベントに応対できない

「仕事をするより 家族を増やす方が儲かる」となっていないか?

離職の理由で「安心して働けない」という話や、「ぬるま湯」と批判の声が上がっていないでしょうか?こういった不満については、「家族手当」「住宅手当」といった身上に関わる賃金と、成果に応じた賃金のバランスに問題がある可能性が考えられます。

例えば「家族手当」の割合が高すぎる場合は、「残業して頑張るより、早く帰って子供を作った方が得」となりますし、「安心して働けない」という意見がある場合は、歩合や賞与の割合が強すぎる、昇給の魅力が弱すぎるため、将来の生活設計を前向きに設計できないことがあります。

「ぬるま湯」と言われる場合は、何のために身上に関する手当を支払っているのか熟慮する必要があり、「安心して働けない」と言われる場合は、身上に関して少し手厚く賃金を支給していくことになります。

地場に特化した賃貸専門の不動産会社の場合(賃金制度の実装例)

 不動産業界と聞くと、成績次第で収入が大きく変わる人材の出入りの激しい世界のイメージがありますが、必ずしも強い成果主義が理想形とも限りません。 地元の地主から物件を預かり、物件の維持管理し賃貸の仲介手数料で事業を継続するような方針であれば、地主と地域の事を熟知した人材を厚く処遇していくことになりますし、当然に長期雇用を目指していくことになります。

しかし、入社して何年か経つと管理職への昇進や、結婚出産など働き方が変わってきます。いままでどおりプレイヤーとして仕事に専念できないので離職するというリスクに対応しなければならないことになります。

賃金制度を設計する上では、長期雇用・地域を知ることを求めるのであれば、1人前として地主に認められるまで(5年~10年間程度)は、成績ではなく勤続年数に応じて昇給する勤続給を軸に処遇をしていきます。1人前になったのちには、人を使うことで給料があがる「店長コース」、自らの稼ぎで給料を上げる「プレイヤーコース」、残業が少なく、重要事項説明書や契約書の作成・管理を業務とする「サポートコース」を用意し、それぞれを選んでもらうようにします。

「店長コース」では、店舗の利益に対してインセンティブを付与する賃金体系とし、店長になりたがらない人材が多いため、プレイヤーコースよりインセンティブを大きくします。「プレイヤーコース」では、従来のとおり個人の成績に応じてインセンティブを付与する賃金体系となります。「サポートコース」では、インセンティブは減らし、固定給の割合を増やします。年収で見た場合は、プレイヤーや店長コースよりも低くなりますが、残業時間が少ないなど、プライベートの時間・収入にいずれも安定を重視できる賃金体系とします。

人件費の予算が絶対的に足りない(賃金も低く、昇給もできない)

「コストカット」の前に決算書から突破口を探す

賃金も低く昇給も出来ない。というケースでは、賃金制度を触る前に自社の決算書(財務諸表)を眺めるところからスタートとなります。自社の売上高に対する人件費率や、労働分配率が過去や同業と比較して高いか低いかを見比べます。

仮に、低いのであれば、人件費以外の経費に削減の余地がありコスト構造の見直しをしていきます。反対に、売上高人件費率や労働分配率が高い場合は、人件費に回せる予算がありませんので、値上げ、付加価値の高い事業を作ることや、事業そのものの撤退を考えることになります。一人ひとりの賃金台帳を眺め賃金制度を作るのでなく、会社の決算書も読み経営視点から人事制度を考えていくべきです。

創業直後の賃金制度

「ルール」と「人間的なつながり」のバランスに悩む時期

創業期は創業メンバーである役員と数名の従業員で構成された組織です。「前職が同じ会社」「学生時代の友人」などお互いが親しい人間関係にあることが多いでしょう。

創業期は社員同士は「創業の志」と「いままで積み上げてきた人間的な信頼関係」によってつながっていますし、1年先のことは不確実であることが共有されているため、賃金体系について大きな問題になることはありません。

創業期の賃金制度は号俸給型の賃金テーブルを用意するのではなく、先輩は30万/月、後輩は25万/月など、定期昇給の無いシングルレート型の賃金体系とすることが現実的でしょう。

賞与は「業績に応じて支給」とされることが多いですが、初期投資や雇用のための原資となりがちで、のちのちになって労使で揉める原因となるので、大盤振る舞いする約束は控えた方が良いでしょう?

また、お互いの評価についても、いままでの人間関係によって担保されているため、評価制度よりも話し合いで決着出来てしまいがちなのも特徴です。

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この時期は、雇用契約書や労使協定など、会社の暗黙のルールを文字化していくことに注力することも忘れてはなりません。

整備すべき労使協定の例としては
・休日・時間外協定(36協定)
・一斉休憩の適用除外に関する協定書
・賃金控除に関する協定書
などがあります。

成長期の賃金制度

人件費をはじめとする費用の抑制が気になりだす時期

創業直後のバタバタがひと段落した時期になると、創業メンバー以外の従業員も増えてきており、指揮命令関係や上下関係といった、組織の秩序を決めていく必要が出てきます。事業も創業直後ほど不安定ではありませんが、まだまだ先が見えない状態でありがちです。

この時期の賃金制度は、創業期から引き続き、主任は25万円/月、課長は30万円/月といったシングルレート型の賃金テーブルを継続するのが現実的でしょう。
ただし、創業期と異なる点としては、山田先輩は30万円、鈴木君は25万円といった属人的な紐付けではなく、「主任」「課長」と言った社内の肩書・序列に応じた区分とすること、肩書毎にある程度の賃金格差をつけて昇進・昇格のインセンティブとすることが望ましいでしょう。

また、賞与についても生活給的な要素は含めず、売上や経常利益などの業績に応じて支給していくことになります。

ちなみにこの時期は、経営陣もプレイングマネジャーとして日常のビジネスに精一杯となりがちです。そのため会計や労働法に関する知見やノウハウの蓄積は後回しになりがちになります。人件費をはじめとする費用の抑制が気になりだす時期ですが、独断で判断するのではなく税金のことは税理士、労務の事は社労士に確認しながらコストのコントロールをしていきましょう。

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安定期の賃金制度

「公平なルール」を決めなければならない時期

このころになると成長期のようにガムシャラに働くことは減ってきます。また、社員も結婚・出産・介護などのライフイベントが発生し、プライベートの事情での離職も発生し始めます。
また、規模が大きくなってくると知人・友人関係の雇用では人材が調達できなくなり、創業メンバーとの面識のない人物や業界の素人など、一般の労働市場から人材調達を行うことになります。

そのため、勤続年数に応じた昇給や、育成期間中の従業員の成長も加味した賃金制度に変化してきますし、賞与も成果に応じて、経営層一任の金額で支給するだけではなく、評価制度との連動や賞与制度にもとづいた公平なルールに基づいて金額を決定してくる時期になります。

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