賃金制度の改定の第一歩として、制度の基本方針となる制度改定の目的や到達点を固めていきます。「目的」「到達点」というと抽象度が高いものですが、「自社の強みは何か?」「自社の強みを活かすにはどのような人に高い給料を払うのか?」を考えていきます。

「賃金制度改定」と聞くと、号俸テーブルの作り込みをイメージしがちですが、それは検討テーマの一つでしかなく、賃金制度改定はもっと多くのテーマを検討していきます。

人材マネジメント方針が賃金制度のカナメ

一般的には、人事制度の基本方針のことを「人材マネジメント方針」と呼びます。人材マネジメント方針を作成していく流れは、経営方針や経営計画を言語化していくことから始まります。

なぜ、「賃金制度改定をはじめとする人事制度改定に、経営方針や経営計画が必要なのか?」と思われるかもしれませんが、賃金制度を改定するときには、「何のために制度を変えるのか?」という問いを立て、目的を具体的にしなければ、意味のある賃金制度になりません。

例えば、人材マネジメント方針で「年齢や役職に関わらず、結果を重視」と定めたのであれば、賃金制度は「年功的な要素は排除し、インセンティブとなる賞与の割合を強く」する制度にしなければなりません。

仮に、年功的な予想を賃金制度に入れてしまうと、従業員は、結果を出すことに目線が行くのではなく、能力開発や先輩後輩の関係に目線が行ってしまいます。

外部環境の分析~お客様・競合の動向、強み弱みの整理

厳しい経営環境を生き残っていくためには、外部環境と言われる、お客様や競合の動向も把握しなければなりません。

自社の強みを明確にするには、中小企業診断士や経営コンサルタントも用いる、3C分析・5F分析などの枠組みを活用し、自社の競争優位性を整理していきます。

自社だけで強み・弱みを明確にすることが難しいならば、中小企業診断士や経営コンサルタントを活用し検討を支援してもらうことも選択肢に入れましょう。

3C分析とは

3C分析とは、「市場(customer)」「競合(competitor)」「自社(company)」の頭文字を取った、自社を取り巻く環境の中から、自社が勝ち残るカギを発見するための分析方法です

5F分析とは

5F分析とは、マイケル・ポーターが提唱した、自社の業界構造を5つの力として整理するための枠組みになります。
業界構造の5つの力とは、
1.既存競合者同士の敵対関係
2.新規参入の脅威
3.代替製品・代替サービスの脅威
4.買い手の交渉力
5.供給者の支配
になります

内部環境の分析~社内の意識の確認

外部環境の把握とあわせて、現場で働く社員が人事制度に対してどのような意識を持っているのかを調査をすること大切です。内部環境と言われる、現場の課題や、社員や経営陣の意見も確認していきます。

インタビュー・アンケートの実施

現場の現状や声を拾い上げていくためには、個別のインタビューや、数人を集めて話を聞くグループヒアリングがあります。また、多くの方の意見を確認したい場合は、人事制度に関する意識調査満足度調査などのアンケートも有効な手法です。

現場に対して「賃金制度はどうあるべきですか?」と聞いても、「もっと給料を上げて欲しい」という回答が当然に返ってきます。アンケートやインタビューを行う場合は、問題の仮説を用意したり、複数の質問を用意するなど、処遇の方針のヒントがみつかるような設問を設計していくことがポイントになります。

例えば、
・実力もないのに中途採用者の方が、給与が高いのは納得いかない。
・仕事をしないオジサンが高い給料をもらっていて、頑張ろうという気持ちになれない。
・責任が重くなるのに残業代が付かず給料が下がるなら、管理職になりたくない。
というような、定期面談や日常の会話から出てくる意見を集めていきます

また、インタビューや調査の結果が、会社全体の相違なのか、それとも対象者の個人的な意見なのか、見極めることも重要なポイントです。

また、経営層からも「人件費が高止まりしていて、総額人件費が下がらない。」「外部環境の変化に柔軟に対応できるように、人件費の管理に柔軟性を持たせたい。」といったような意見を把握しておきます。

人材マネジメントポリシーの整備

「どちら “も” 重要」よりも「どちら “が” 重要」

人材をどのように活用していくのか、自社にとって良い仕事とは何か、どのような従業員をGood Job!と評価していくのかを整理していきます。そもそも、貴社にとって「いい仕事」とは何でしょうか?

  • どんなに汚い手を使っても、売上を上げる社員が「良い仕事」をした社員でしょうか?
    それとも、仕事は丁寧な社員だが、売上が上がらない社員の方が「良い仕事」をしているのでしょうか?
  • 社員はスペシャリストを育てていく方針なのでしょうか?
    それとも、全員野球を目指すゼネラリスト志向を目指していくべきなのでしょうか?

極端な例なので「ケースバイケース」と思うかもしれません。しかし、人材マネジメント方針は、文字通り「判断基準となる方針」ですので、「どちら”も”重要」ではなく「どちら”が”重要」なのかを考えていきます。

人材マネジメント方針の作り方

賃金制度を改定するにあたって、会社の方針や強みを踏まえ、人材活用の方針を決めていくことが、制度設計の拠り所となり一番大切になります。

しかし「人材活用の方針」と言っても、どの程度の粒度感で、どのように言葉にしていけば良いのかなかなかつかみどころがないと思います。人材活用の方針を抽出するには以下のような手順で編み上げていきます。

(1)事業の方針を具体的に書き出す

まずは、人材活用の方針の前提となる、自社の事業の方針を見つけていきます。

「外部環境」「自社の特長」「人事課題」などについては、一人でデータを眺めていても具体的な言葉にはしにくいものです。

こういったテーマについては、幹部社員で集まり「自社を取り巻く機会や脅威は何か?」「自社はなぜお客様に選ばれるのか?」というようなストレートなテーマでアイディア出しをしていきましょう。その時には、質より量にこだわり、付箋などに書き込んで模造紙に張り出していくやりかたで進めていくと、比較的キーワードは出やすくなります。

(2)出てきたアイディアを精査していく

 ある程度、意見が出そろったら、今度は「事実にもとづいた内容」なのか「主観的な意見」なのか、書き出した内容を取捨選択していきます。主観的な「つもり」の情報と、客観的な「はため」の情報が混ざった状態となっていますので、客観的に見た「はため」の情報に絞り込んでいきましょう。

 情報を絞り込んだら、自社の事業の方針や強みを端的に言い表す作業に移ります。
例えば、

  • どのようなお客様であっても受け入れる介護施設になる。
  • 〇〇市のことについては、どの企業よりも一番詳しい不動産会社となる。
  • 脱下請けを目指し、一次請けの仕事だけで経営できる建設会社となる。
  • 新しい自動車技術に対応できる。技術も設備も最先端の自動車整備会社を目指す。
  • 一人ひとりの最高の教養と実体験にもとづいた助言で、お客様の意思決定を後押しする法律の専門会社を目指す。(弊社、社会保険労務士法人アイプラスの事業方針です。)

といったような、自社の特長・方針を出来るだけ具体的に絞っていきます。

お客様の笑顔のため」や「地域一番店を目指す」といった他社でも書かれそうな内容では、まだ抽象度が高く、次の「人材活用の方針」につながりません。事業の方針に「それは、御社のことですね!」と言われるような具体的な内容を目指しましょう。

(3)事業の方針を踏まえ、「人材活用の方針」を決めていく

 会社の方針が言葉に出てきたら、事業の方針を実現するために、賃金制度ではどのようにメリハリをつけていくのか、人材マネジメント方針のキーワードを書き出していきます。

例えば、「年齢や勤続年数より仕事の成果を優先する」「個人成果よりチームの貢献を優先する」「35歳での卒業・自立を促す」などです。難しいスローガンを書こうとするのではなく、普段の「話し言葉」で書き出していくことがポイントです。

 なお、これらの人材活用の方針は賃金制度だけでなく、等級・評価といった制度の他に、採用や教育、福利厚生といった施策の方針としても使用します。

(4)「人材活用の方針」を踏まえ、賃金制度の設計思想を決める

「人材活用の方針」が決まると、ようやく賃金制度の設計思想を決める段階になります。書き出された「人材活用の方針」のキーワードを眺めると、賃金制度の設計方針が見えてきます。

例えば、「年齢や勤続年数より仕事の成果を優先する」とあれば、勤続年数や年齢で段階的に昇給する仕組みではなく、評価の結果次第で賃金が上下する賃金制度となりますし、「個人成果よりチームの貢献を優先する」とあれば、賞与は個人業績よりもチーム業績に紐づいて支給されることになります。

また、「35歳での卒業・自立を促す」となれば、35歳の賃金の支給額や退職金係数が最大となり、35歳までは自立ができるよう獲得した能力に応じて昇給する仕組みとなるでしょう。(もちろん、教育制度も35歳での自立を前提とした教育テーマとなります。)

まとめ:人材マネジメント方針が決まらないと制度も固まらない

人材マネジメント方針が制度設計のカナメ

「賃金制度を作る」と聞くと、手当の金額についていきなり考えたくなりがちですが、いきなり各論に飛び込むのではなく、賃金制度を改定する目的・方針を考えていくことが賃金制度改訂の大きなポイントです。

ビジョン・理念とは優先順位であり判断基準となるものです。会社として何を優先するかがあってはじめて、どのような働き方に対して、手厚く処遇するのかが決まります。

目的・方針と聞くと難しそうですが、

  1. 自社を取り巻く環境・自社の強み・自社の経営戦略はどうなっているのか
  2. 現状の処遇(主に賃金制度)の課題は何か
  3. 社員の賃金制度に対する要望や不満

を「人材活用の方針」として具体的に言葉に落としていくことが大切です。

繰り返しになりますが、ここで決めるべき方針が曖昧なまま、具体的な賃金制度を設計するとなると、手戻りの発生や、導入しても会社の良さが発揮できなくなってしまうこともあります。
この段階で、どのような賃金制度にするか十分な議論をしておくことが、賃金制度の導入を成功させる重要なポイントになります。

自社の特長とは、自分たちでは当たり前すぎるため、自分たちだけで言語化することは難しいものです。検討をする際には、幹部社員で合宿をしたり、外部のコンサルタントやファシリテーターの力を使い言語化していくことが望ましいです。

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